雑記

顔半分が動かなくなった話

「う、朝か、、、。」
いつものように起きて鏡で顔を見ると疲れています。
あれ?様子がおかしいんです。

 

あれ?顔が、、顔の半分が

 

動かない!?

 

 

目次

 

1 大きなストレス

 

2 顔の左半分が動かない

 

3 治療

 

4 回復

 

 

 

1 大きなストレス

 

10年前に話はさかのぼります。
大学で教員をしていました。
上司と2人だけの講座で、私は毎日膨大な量の仕事をしていました。

 

上司といえば一言でいうと厳格。
もう一言いうと私とは合わない性格で、もうしんどくて私のストレスはMAXでした。

 

人間はどんなに仲良い関係でも2人だけだとギクシャクする期間があったり、関係がこじれることだってあります。仲良い2人ですらそうなのですから、合わない2人だと3回転くらいこじれそうです。

 

ただ、そこは違ってたんです。2人の関係はこじれてなかったんです。2人の関係は。そう一方的だったのです。一方向からだけこじれていたんです。

 

超敏感に人の機嫌を感じる私でした。今話題のHSPです。機嫌にムラがある上司に合わせ、仕事の0→1を作るのが私の仕事です。上司はそれに意見を述べてそれを修正するの繰り返し。

 

上司と2人でいる間はニコニコとコミュニケーションで、1人になると大きく脱力する。緊張を偽りの笑顔で騙しながら気を遣って、気を遣って、気を遣って生活している間にソレは近づいて来ていたんです。

 

加えて、朝から晩まで講義準備、講義、演習、外回りが終わって自分の研究と土日関係なく毎日大学へ通って疲労を蓄積させていました。

 

 

2 顔の左半分が動かない

 

朝6時起床。講義準備があるなぁ。
トイレに行った後にふと鏡を見る。疲れた表情の男が立っている。睡眠時間足りない。

鏡に向かって無理矢理笑ってみる。

 

 

あれ??

 

口が動きにくいような気がする。あ!顔の左半分が動いていない!?
どういうこと!?何が起こってる!?

顔を洗うと左目に水が入るし、うがいをすると口の左から水が飛び出します。左半分の顔がずっと真顔のままなのです。

 

妻を起こして事情を説明し、午前中休めるように上司へ伝えてくると言います。心の中で「まあ、時間が経てば動くようになるでしょ。」と思っています。

自転車に乗って大学へ行きます。この間、事の重大さに気付いておりません。

 

大学に着き研究室へ入ります。同僚の先生に
「見てくださいよ、◯◯先生。なんか朝から顔の半分が動かなくなったんですよ。」と言うと、

 

同僚の先生は、「あ!ほんとだ!じゃっきー先生、それすぐ受診した方がいいよ!」

 

真剣な顔で言います。
私「すぐ受診ですか?まだ上司に報告できてなくて。
同僚の先生「早く行った方がいいよ、それは。」
私「あ、、はい。分かりました。でも何科ですかね。」
同僚の先生「耳鼻科。
私「耳鼻科?ですか?」

 

 

3 治療

 

同僚の先生に急ぎ受診するように言われて耳鼻科を受診しました。神経内科とかじゃなくて耳鼻科なんですね。
とにかく急いで耳鼻科へ行きました。

 

次の方どうぞ〜と案内されると、
看護師さんから「あら?じゃっきー先生、どうされたの?」
私「あ、はい。師長さん、実は今日は患者で来ました(笑)。顔の左半分が動かなくなりまして。」
師長「ほんとね!?あら〜大変!診察はこちらへどうぞ。」

 

一番近い総合病院が実習病院で、耳鼻科は先週に偶然実習担当をしていた部署だったのです。

 

診察がひと通り終わると医師より、
左顔面神経麻痺です。今から1週間入院できますか?
と言われました。

 

入院!?その言葉にびっくりしまして。え?入院が必要なんですか?と聞き返しましたが、驚きが強くてあまり医師の返答を覚えていません。

 

しかし、入院治療を勧められ1日でも早くウイルスを叩くためにステロイド治療を行う説明を受けました。
後さらにショックだったのは、医師より

元に戻るかどうかは治療の後、神経がどこまで残っているかによりますと伝えられたことでした。

え???この顔、戻らないの?と恐怖がありました。

 

後から調べたのですが、顔面神経麻痺の原因はヘルペスウイルスによるものだそうです。とにかく発症後速やかに治療することが予後を良くするとの事でした。

 

発症後に、勝手に治るだろうと悠長に構えていた私を急ぎ耳鼻科へと言ってくださった同僚の先生に感謝しています。

入院中は点滴と内服の双方から治療を受け1週間後に無事退院をしました。退院後も顔は麻痺したままでした。

 

 

4 回復

 

顔面神経麻痺になる前に耳周囲の痛みであったり、帯状疱疹が出る場合があるそうです。

 

そう言えば、麻痺になる数日前にちょうど左耳下のアゴの付け根部分の痛みがありました。それと同時に両肘に蚊に刺されたような赤い発疹がいつの間にか出来ていました。

 

上記の症状について何も気にしていなかったのですが、後から考えると、それは顔面神経麻痺になる前の危険信号の点灯でした。
ヘルペスウイルスが身体の中で暴走し始めていたのでしょう。

 

麻痺になった原因について思い当たることはないかを病院で聞かれましたが、私が考える要因は2つだと思っています。

1つ目は極度のストレスであり、2つ目は身体的疲労です。

この2つがたまたま重なって身体の免疫力の低下に繋がりウイルスの暴走に繋がってしまったと勝手に推測しています。

 

今思い出しましたが、その頃長男が生まれたばかりで睡眠も上手く取れない状況も続いていました。2つの要因にコレもとても関係していると考えられます。

 

結局1ヶ月程休職したでしょうか。故郷から両親が心配して顔を見に来てくれたりもしました。
自宅療養中は内服治療を続け、しばらくして職場に復帰しました。

たくさんの方々や学生たちから心配をしてもらいました。この点はとても幸せ者です。

 

治療開始から2ヶ月目に入った頃、最終的に顔の神経が何%くらい残っているのかを筋電図検査から測定します。この筋電図検査の痛いこと。顔に電極を貼り付けて測定した様に記憶しているのですが、誰かにグーで顔をゴンッ!ゴンッ!と殴られているような振動があったのを覚えています。

 

検査結果を見て医師より、
「これだけ神経が残っていれば、今日から1週間以内に顔が戻ると思います。」と告げられました。

 

先生がおっしゃった予言通り、診察から3日後くらいから徐々に顔が動き始め無事元に戻りました。

 

鏡に顔を写してニコッとすると全部がニコッとしました。
少し口角の上がりがぎこちなく思えましたが、自分の顔の笑顔にもう一度出会えて心の底から嬉しいを感じました。

 

 

以上、顔半分が動かなくなった話をお話しさせていただきました。大分昔の話ですが当時をほぼほぼ思い出せました。
今思い返しても大変な日々を過ごしていたなぁ、頑張ったなぁと思います。

 

この体験から言えることはストレスを甘くみては本当にダメだという事です。しかもストレスは目に見えなくていつの間にか自分の限界を超えていて身体を蝕んでいます。

 

話の中にもありましたが、危険信号は出ているんですけど、当事者には気付きにくい所があると思います。周りの人達の意見を参考にして自分を客観的に見てほしいと思います。
積極的に自分から聞いてみるのもいいかもしれませんね。

 

私は大学教員から自由がきく民間病院の看護師を自分の意志で選択し、今は複業もして教員時代とは比べ物にならないくらい気軽に生活しています。

 

ただまた最近、看護師×古本せどらー×ブロガーと言って自分を締め上げてるストイックマンになりつつ有りますので、
今一度自分の生活を見直し、切り捨てるところを切り捨てて心と身体に余裕を作っていきたいと思います。

 

どうか皆さんもご無理だけはなさらぬよう心よりお願いしたいと願っております。
私も健康で末長く皆さんと生活を楽しんで参る所存です。

ではまた。

 

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